3月25日付けの日本経済新聞(四国版)の「企業家列伝」に、徳島を拠点に高川予備校を愛媛・兵庫県などに30校前後展開し、その後ゴルフ場、病院、学校経営などに転進していった塾業界の寵児として注目されていた高川晶・タカガワグループ会長が紹介されていたので、お伝えしたい。(予備校は昨年までに四国地区の最大手・寺小屋グループにすべて経営譲渡している)
「グループを一つのカラーに染めるつもりはない。様々な個性を持った企業群にしたい」。学習塾、学校からゴルフ場、病院、有料老人ホームと幅広く事業を展開するタカガワグループ(徳島市)会長の高川晶はこう語る。
グループはもともと、大学受験の予備校からスタートした。高川は私大と国立大の法学部、国立大医学部と「大学受験を3回突破した。それも文系と理系両方」。最後に入学した医学部では基礎医学は履修したが、医学の世界の堅苦しさに疑問を感じたこともあり中退。「自分の経験が生かせる」と予備校経営に乗り出した。
ちょうどマークシート方式の共通一次試験が導入されたころ。システマチックに点数を取れる方法が求められていた時代だった。受験技術を集約した「秘伝公式」が人気になり、1985年に予備校を個人経営から企業化した。
業容が急拡大する一方、不安もよぎり始めた。「塾は新規参入が容易で、ライバルが次々現れる。生徒の取り合いで毎日が戦争のようだった」。また、先生の人気・能力に業績が左右されるなど、不安定要素が多い。高川自身、「あっちで世界史を教え、こっちは物理。経験を積んでいるから話も面白い。カリスマ先生だった」。
「収益を上げるための要素が確定しているビジネスはないか」。高川が成功の条件としたのは三つ。(1)会員制にしてリピーターを確保する(2)有能なスタッフを継続雇用できる(3)グレードの高い施設がある——。これらをすべて満たしたのがバブル崩壊以降、金融機関などの「損切り」の対象として売りに出ていたゴルフ場だった。
2003年以降、徳島、愛媛、岡山など7カ所のゴルフ場を買収。06年には多々良学園(現高川学園、山口県防府市)の経営権を取得し、学校経営に乗り出した。「生徒を『会員』に見立てれば、三つの条件をすべて満たしていた」
高川は「参入した事業は、すべて自分がやりたかったこと」だという。母親が教員で、学校に対する親近感があった。ゴルフ場は「単純にゴルフが好きだし、芝生の香りにホッとする」。病院経営は、医学部に入り一度は医師を目指した自分自身への帰結だ。
「ゴルフ場、学校は老舗の継承で安定収益が期待できる。一方、病院、介護は新規参入で不安定要素も強い。グループ内に様々な形の経営があってもいい」
少子化で学校経営は冬の時代といわれる。ゴルフ場は今でもあちこちで身売り話がささやかれる。病院も淘汰が続く。どれも逆風下だ。「しかし、新規参入が難しく、新しい競争相手が現れにくい業種ともいえる。企業再生の仕組みが整い、資金調達コストも下がっている。今がチャンスだ」ととらえている。=敬称略